どの様な話?
- 関数型プログラミングは学術的評価を受けているが、お前の言っているのは、感想に過ぎない
と言われた時に「するべきだった事」が有ると思います。それについてクダクダと書き連ねたいと思います。なお、
という疑問は有ると思いますが、
それは、
競い合っている中で、
- 今までより素晴らしい関数型プログラミング
について言われたら、
だと思います。ずっと忘れていました。
少しは出来ていた事 1
学術的評価を受けていたと称する人々が一番目指したものは何だったでしょうか?
新規性の有る論文でしょうか? 少し違うのかも知れません。
それは、思いますに、
- 実務経験の背乗り
だと思います。「背乗り」というのは通常、敵国の人間が自国民を して、立場を乗っ取る事だと思いますが、
要するに形而上的関数型プログラミングという餌と、学術的と称する立場で、プログラム開発的に実務者を して、代わりに立場を乗っ取ろうというのが、目標だったと思います。
ただ、その餌が余りに均衡を欠いていた(実務でやっていた手続型と比べて、「こちらでも良いや」と寸分も思う事が出来なかった)為、誰にも背乗り出来なかったというのが顛末だと思います。
それを考えると、20年待ち、ファクトを集める方向(背乗りを非難したり、妨害したりせずに)の態度だったのは、「少しは出来ていた」と思います。
少しは出来ていた事 2
コボラーからすると、技術的負債というのは、手抜き以外の何者でも有りません。
勿論その代わり、調査分析(因果推論)の手間で数行直すのに、数週間かかったのは事実です。
ただ、「技術的負債」なんて、少なくとも初心者が寸毫も考える事では有りません。
問題の与えられたスライスで、因果を仕切り切る事が出来ずに、何が達成なのでしょうか? 負債なんて中級以上になってから考える事で、初心者の内から言うのは、地獄行きの考えです。
技術的負債などという言葉が出来る前は、因果を仕切り切るのがプログラマーでした。そしてコボラーはそれをやっていました。
今の初心者と比べて、そこは際立って優れていたと思いますが、
それを(形而上的)関数型プログラミングとかで茶々を入れられたのは、残念でした。
するべきだった事
『学術的』と言われるには、それなりの制約があると思います。
- 関数型プログラミングは学術的評価を受けているが、お前の言っているのは、感想に過ぎない
と言われた時に、そこを突くべきでした。つまり、
- (主張しているのが御大の先生でも無い限り)別のもっと偉い人が書いた、学術的の根拠となる論文を示してくれ
と言うべきでした。そして、それを断られたら、
- 師事している先生や、所属している学会を示してくれ
と言うべきでした。そして、それも断られたら、
- 遅滞なく詐欺罪で告発する様、上司に強く上進すべき
でした。
『学術的』と言うのは日本では、本当に公的だと明言しているのに相当します。それには、当然どの巨人の肩に乗っているのか明示する義務が発生すると思います。
これらは『学術的』と言われた際の、当然の要求です。
これをすべきでした。
今後は、すべきだと思います。衷心より思います。
結論
これからも「するべきだった事」をしなかった事でプログラミングが嫌いになる人は存在し続けることでしょう。