嫌われプログラミングの代弁者

「何で頭ごなしに嫌う人間が居るのか」を色々考える

COBOL言語である 6

走狗?

何で「関数型プログラミングである 4」で執拗に、「学部生程度」の人間の事を揶揄したかというと、

  • その程度の歳の人間が、
  • ある(形而上的な)手法のみを成員全体に推す事を企図した人間の、
  • 走狗(今風で言うと、ファンネル?)となって、具体的に無制限にコボラーを非難し続けた

からです。

何でコボラーが?

それら人間が勃興してきた、20年、30年前には、

  • その様な推しの対抗軸となり、揶揄するしたり出来る知識と実績を持った人間は、主にコボラーだった(PL/1er でも良いのですが、いかんせん数が少ない)から

では無いかと思います。それ故、それら走狗(と言うか憂◻︎騎士団?)の目に止まったのかもしれません。

何を以てコボラーが?

A* がある為、いて座はすごく、水瓶座は劣っているとか有るでしょうか? 私は専門家では無いのですが、そうでは無いと思います。

英大文字数字8桁以内(先頭に数字はダメ)であった、COBOL言語のプログラム名、変数名では、とてもでは無いけれど「分かりやすい名前」には出来ず、

  • プログラムの意味は、その名前が含むプログラム全体の動作
  • データの意味は、そのデータを使うプログラム全体の総意

としか言い表せませんでしたが*1

まさに「分かりやすい名前」を付け、責務を単一にする手法の対抗軸となっていたのだと思います。
(もっとも、そこ以外は、今の言語の延長線上でしか無い、とは思います。)

さらに、

毎回、数週間の調査を前提としている場合、

  • そもそも「手法」と言う概念が希薄

でした。とにかく調査を終える事が先決で、その様な事を考える余地もありませんでした。

その面でも(「手法」の対抗軸という軸を超えて)対抗軸に相応しかったのかも知れません。

結論

これからも「COBOL言語である」事でプログラミングが嫌いになる人は存在し続ける事でしょう。

 

*1:なので数行の変更でも数週間の調査が、毎回必要だった