どの様な話?
私が職業人生を始めてから最初期の事を思い出しました。
既存のCOBOLプログラムの保守(基準日何日以降は利率を変えろとか)ですが、
- 計算に必要な値はこれとそれとあれで、
- これはマスタ(常にHDD上に有る)から持ってくれば良いが、
- それを得るには別の値が必要で、その別の値を得る為には、表をひかないとダメで、
- あれを得るには、毎月何日から何日の間のみHDD上に有る値が必要で、マスタの片隅に値を保存する必要がある
とかを調査しました。(この様な調査は因果推論と同じ枠組みに見えます。)
1980年台終わりから、1990年代の話で、当然、Markdown言語で記述する技術的サイトとかは勿論、パソコン通信のフォーラムやSIGなんかもあまり無く(検索エンジンが無かったので、有っても知らなかっただけかも知れないですが)
文字通り虚心坦懐で、オーダーをこなそうとした結果、上記の様な調査が必須だと体得しました。
さらにこの調査結果は、そのシステムを使っている会社の業務フローとも、密接に関連していると自負していました。
しかしながら、
しかしながら、その様な調査分析(因果推論)を、
- ワンパターンでいつもの何々さんの「必殺技www」だ、とか
- そう言うやり方は下らなく、新規開発が本筋だ、とか
- (現行プログラムの調査をしている)お前さえ居なければ全てがうまく行く、とか
言う人間がごっそり居ました。
1990年代なので、基本全員がプログラミングが出来る建前でしたが(この考えは考えで、少々行き過ぎだったとは思いますが、、、)、
それをするのが嫌だと言うのです*1。
それだけなら良かったのですが、
- 空前のバブルで、かなりの事を言っても通ってしまう状況下で、
- 調査分析(因果推論)をしない人間の方が高度で、高給を喰むべきだ
と言う主張が澎湃と起こりました*2。
「新規開発が本筋だ」と言う主張
これは理由が有って、新規開発では
- 因果推論をする専門家(設計者)が別に居て、
- プログラマーは調査を要求し、正誤を問い詰める側に回れる
からで、とにかく調査分析(因果推論)をしたく無いと言う思い一辺倒な訳です。
特に保守開発では、
- 調査分析(因果推論)をするのは開発者なので、
明らかに、嫌で嫌でたまらないのだと思います。
別に
別に全員に調査分析(因果推論)をしろと言う訳では有りません。ただ、
- 調査分析(因果推論)はプログラミング開発・運用の何処かに必ず現れるもので、
- 調査分析(因果推論)をしない人間の方が高度で、高給を喰むべきだと言う主張は間違っている。
と言いたいだけなのです。
しかしながら、
プログラミングを嫌う人間のかなりの割合が、
- 調査分析(因果推論)をしない人間の方が高度で、高給を喰むべきだと言う主張は正しい。
と思っているとしか思えません。
これに賛同は出来ませんし、その様な主張をシステム開発をする会社で10年とかの長期間、維持出来た事例は見た事が有りません*3。
結論
これからも「プログラミングが嫌われる最大の原因?について改善出来る余地が見当たらない」事でプログラミングが嫌いになる人は存在し続けることでしょう。
*1:形而上関数型プログラミングと言う思潮も、この系譜かも知れません。
*2:こんな事を言っているのは(ヘル)日本だけだと思います。
*3:バブルが永久に弾けなければ、それが実現したのかも知れませんが、仮定の話です。