どの様な話?
NOISE 上 組織はなぜ判断を誤るのか? [電子書籍版] 著者:ダニエル カーネマン, オリヴィエ シボニー, キャス R サンスティーン 早川書房
という本を読んでいるのですが、
- 第3章 一回限りの判断
という章で、
とかの話が有ります。
ここで、「反実仮想思考」とかがいきなり出てきます。たしかにこの書籍は統計学に関するものだとは思いますが、
- 「一回限りの」
話が、それと相性が良いという主張だと思います。
だから?
だから、
- もし(大き目以上の)ソフトウェア開発が*1、
- 「一回限りの」の場合、
- 「反実仮想思考」が相性が良く、
- それは因果ダイアログと関係している
(このブログで何回も参照している『ジューディア・パール,ダナ・マッケンジー. 因果推論の科学 「なぜ?」の問いにどう答えるか (Japanese Edition)』より)のでは無いか?
という事です。
”科学者”が一回限りの、
先日、動画レンタル配信で、
- コンタクト (映画) ロバート・ゼメキス 1997年
という映画を見ましたが、”科学者”が一回限りの事態に対処する話でした。
さて、今後、このブログで、
- 科学畑の人間がやってきて、
- プログラマー(私を含む)に、「お前らに、文書を作成する権限も、能力も
無い」、「体型的に一から作り直すべき」と言い張り、 - 設計書などを曲がりなりにも作っていたのの手を止めさせた
- しかし、その人は一向に文書を作成しようとはしなかった
という様なムーブを、「技術的焚書」と言う事にしますが、
(単なる「焚書」では別の事柄を想起させて、要らぬ炎上を招きかねない為)
「一回限りの」事柄の場合、功名心にはやった科学畑の人間は必ずそうなり、「技術的焚書」(映画中で自然現象としてのノイズ)が起きるのは順当なのかも知れません。
日本のDX
なぜ人手不足なのにIT人材が消耗品にされる? 日本型DXの致命的な欠陥構造を分析 櫻井敬昭 ITmedia エンタープライズ 2025/11/13 07:00 公開
という記事(会員限定)を読みましたが、日本のDXがバッドエンドにしかならない現状を詳しく解説していました。
どうバッドエンドかは、読んでいただくのが良いとは思いますが、
それの対処法(らしきもの)を1つ思いついたので披露します。
それは、
だと思います。
「一回限りの」件を若手にやらせると、コンタクト(映画)の科学者の様な目に遭う可能性が大だが、
ロートルで、しかも組織内なら、業務に関連した「一回限りの」に類似した経験があるはずで、
それをアウトプットしてもらい「技術的焚書」にあらがうのがその対処法です。(このブログみたいな。。。😁)
いかがでしょうか?
結論
これからも「一回限りの」事象に対する「技術的焚書」でプログラミングが嫌いになる人は存在し続けることでしょう。