どの様な話?
という記事で、
- 基幹システムは「恐怖のブラックボックス」
となるとの指摘がありましたが、
- 実際そうなのは、私もそうだと思いますが、
- 記事中、何でそうなるのか、余り書いていない
点が気になり、項を立てました。
現在、無双している政治家
現在、他の政治家に対して無双している政治家は、
- 因果推論に長けている
のでは無いか? と言う事を思い付きました。
そして、因果推論に長けている政治家が、他の凡百の政治家に対して無双し、それを見て痛快だと思わせる様な番組が、最近有るのも事実です。
また、公務員試験には昔から、因果推論に関する科目が有ったはずです。だから、職員側もその政治家について行けるのだと思います。
確かに因果推論を棍棒にして叩くのは、痛快だと思います。そしてこの点こそが、「恐怖のブラックボックス」になる”別の”原因に絡むと私は考えます。
因果ダイアログを明示しない風潮での、上級職の楽しみ
現在でも因果ダイアログは黙示的には存在しますが、それは、
- ソフトウェアプロジェクトで「知っている人」間の
- 暗黙の了解
に過ぎないと思います。
そこをついて、
- 上級職の、命令を出す側の人間(因果推論について非常に良く知っている人間)が、
- 現在の暗黙的な因果ダイアログと言う現状で、
- 本当に困るキモの部分に対して、
- 因果推論についての知識を駆使し、
- わざと困る様な指示を出し(わざと黙示的因果ダイアログが壊れるしかないやり方を、故意に指示し)、
- その指示も暗黙の了解として文書化されない
と言う悦楽をする事が有ります。
n=1 の私の経験からすると、
- 悦楽をする事が有る
では無く、
- 必ずその悦楽をする
が正解にも思えます。誰にも掣肘されずに棍棒を振るい続ける事が(現在は)可能なのです。
そうされ続けるとどうなるか?
「恐怖のブラックボックス」となります。
何でそうなるのか?
因果ダイアログが黙示的だからです。
明示的にし、変更履歴と指示者を記録し続ける様にすれば、その棍棒の悦楽と、後世からの批判を天秤にかけ、しなくなる上級職の方々が増えると思います。
さらに言うなら、
さらに言うなら、前述の記事で、
- 「基幹システムの刷新をDXの一環として位置付け、業務改革を推進せよ」と言われ、
- IT棄民状態に陥っていた企業にコンサルタントが勇敢にも入った話を聞いたが、その結果は悲惨だった。
と有りますが、これは、
- 因果ダイアログが黙示的にも失われた世界で、
- 結果(プログラム)から原因(使用)を導き出すという逆問題を解くことが、
- 禁止的に困難
であると言う因果ダイアログの普遍的制約が絡んでいる、とも言えると思います。
結論
明示的因果ダイアログの必須的作成は、「恐怖のブラックボックス」となりにくくなる可能性を秘めていると思います。
これからも『「恐怖のブラックボックス」となる"別の"原因』に対する対処不足で、プログラミングが嫌いになる人は存在し続けることでしょう。